エメラルド・フェネル監督『プロミシングヤングウーマン』

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2020年公開、日本では2021年7月16日公開。

監督は、俳優、小説家とマルチに活躍する弱冠36歳のエメラルド・フェネルであり、本作が監督デビュー作である。

主演はキャリー・マリガン

 

その他、コメディアンのボー・バーナム、『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』のラバーン・コックス(なんと49歳だという。全くそうは見えない。)などが出演している。

本作ではザ・キラキラ女子役であるアリソン・ブリーは、『ボージャック・ホースマン』では硬派フェミニスト、ダイアンの声を演じている。

 

本作は、クラブで男性の股間がドアップに映し出されるシーンから始まる。思わずぎょっとするのだが、ここでふと思う。今までクラブシーンといえば、なまめかしい女性の腰のイメージばかりではなかったか。

初っ端からいきなりミラーリングの手法がとられているというわけだ。

その後、泥酔したフリでお持ち帰りされる主人公キャシーだが、男が下着に手をかけ、さて今から始めるぞといった瞬間に、酔ったフリをやめ、真顔で凄む。

「お前、何やってんだよ。」と。

 

男の家から追い出され、スーツ姿で自宅まで歩いて朝帰りをするキャシーだが、その歩き方、キャットコールのあしらい方、何よりオーラ、全てが最高にクールなのだ。この時点ですでにキャシーのことが大好きになっていた。

 

若干の毒々しさも感じられるオープニングから打って変わり、キャシーの自宅やコーヒーショップでは、90年代後半~2000年代の甘くカワイイ世界観に圧倒される。

 

キャシー自身の服装・ヘアメイクも、可愛らしい雰囲気の巻き下ろし髪・ドレスから、退廃的なムードのカラーエクステ・囲み目アイライナー、極めつけはカラフルなボブヘアーにセクシーなナース服までバラエティに富んでおり、ファッションバイブルにしたくなるような作品だ。

プロットの良さは言わずもがなであるが、映像のクオリティとしても、アイコニックなカットが随所に見られる、まるでミュージックビデオかのような仕上がりとなっている。

 

 性暴力の被害者は、被害を主張するにあたり、自らに落ち度が全くなかったこと、自らの潔白性、完全性を常に求められる。

その点、完璧に愛されるキャラクター設定ではなく、あくまで等身大、ありのままの姿でいてくれるキャシーだからこそ、多くの女性が直感的に感情移入できたのではないだろうか。

 

ラスト、彼女の「復讐」が不完全な形で幕を閉じることになってしまい、かつて悪行に加担した彼の罪は不問で終わる。

直接罪を問いただされず、若干の罪悪感を抱えながらも基本的には忘れて暮らしている男性も多いだろう。

彼らが今後人生でどのようなふるまいを選択していくのか。そこまで考えさせるという点で、秀逸なエンディングだったように思う。

 

個人的にはすべてが胸に刺さりすぎて、鑑賞後数時間は半ばパニックを起こしたようにずっと泣いていた。

作中の女性たちに起こったことは、何も特殊な事件ではない。

大学、サークル、バイト先、職場、あらゆる場所で誰もが経験しうることなのだ。

事実、作中、学生時代の性暴力を「若気の至り」「あの頃はガキだった」とする男性たちの姿勢には私自身既視感しか覚えなかった。

この作品は大変衝撃的な内容であることは確かだが、誰もが一歩間違えれば彼女らのような経験をすることになってしまうということを、特に若い世代は強く認識すべきだ。

個人的には、例えば大学の入学式で学長が偉そうな御託を並べるよりかは、この映画を流した方がよっぽど学生の身のためになると思う。

 

プロミシングヤングマン、将来有望な若い男性を無条件に保護する時代はもう終わった。

女性専用車両導入の一因にもなった御堂筋線事件、シャネル・ミラー『私の名前を知って』のスタンフォード大学構内での事件、その他何千、何万もの事件での性暴力告発事件でいつでも救われてきたプロミシングヤングマンの裏には、将来を打ち砕かれたプロミシングヤングウーマンがいた。

今こそ、彼女らのそばに寄り添い、ともに声を挙げていくべきだ。

 

1人でも多くの人がこの映画を観ることを祈る。

 

 

(2021年7月24日追記)

Twitter上で感想を検索すると、ストーリー展開が嫌いだったという声がいくつか聞かれた。

確かに、犯人を痛めつけるのにより安全かつ確実な方法を取るべきだったかもしれないし、あの描写は性産業従事者に恐怖を与えるものであるのは間違いない。

 

しかし悲しいことに、現実に性産業従事者は実際に不安定な位置にいる。

その現実自体は否定することはできない。

正直な描写で非常に好感が持てると個人的には思った。

 

★★★★★