辛くても向き合うべき現実『ジェニーの記憶』

ドキュメンタリー監督ジェニファー・フォックスが劇映画のメガホンを取り、自身の体験をもとに性的虐待の問題に迫ったドラマ。ドキュメンタリー監督として活躍するジェニーのもとに、離れて暮らす母親から電話が掛かってくる。母親はジェニーの子ども時代の日記を読んで困惑している様子。心当たりのない彼女は、母親に送ってもらった日記を読み返すうちに自身の13歳の夏を回想しはじめる。サマースクールで乗馬を教えてくれたMrs.Gやランニングコーチのビルと過ごしたひと夏は、彼女にとって美しい記憶だったが……。「ワイルド・アット・ハート」のローラ・ダーンが成長したジェニー役を演じ、「エクソシスト」のエレン・バースティン、「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー リミックス」のエリザベス・デビッキ、「ラン・オールナイト」のコモンが共演。

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最初に個人的な話をすると、鑑賞前、ポスターの印象からか「虐待的な母とそれに苦しんでいた娘」の話だと勘違いしていた私は、鑑賞後あまりに強いショックを受け、泣いているのだか笑っているのだかわからない状態になった。

 

何はともあれ、本作は監督自身の経験をもとに製作された映画である。

子供時代は誰もが家庭に不満を持つものだが、その心に付け入り洗脳することがいかに簡単か、そしてそれがスポーツを通じて行われるとより一層容易にできてしまうということが克明に示された作品であった。

 

作中、どうしても思い出されたのが、シャネル・ミラー著『私の名前を知って』だ。

大学のキャンパス内で性的暴行を受けた主人公が、自らの記憶と対峙しながら、自分の尊厳のため、そしてひいては広く女性たちのために傷つきながらも戦う姿を描いた作品だ。

 

筆者の卓越した筆力により、まるでフィクションかのように思える仕上がりとなっているが、実際には筆者自身の生の経験を文章に落とし込んだノンフィクション作品となっている。

この筆者もジェニファー・フォックス同様、実名を用い自らの体験を世間に公開することを決意したのだが、実名を晒すという覚悟とともに語られる生の物語は、フィクションでは作り出すことのできない、まるで心に直接叩き込まれるような圧倒的なリアルさと力強さを持つ。

 

本作では、過去の美しい思い出と正面から向き合い否定することの難しさ、当時の記憶の曖昧さ、そして虐待的な行為が心に残す傷の深さが、リアルな切実さを持って描かれている。

『私の名前を知って』でも、つらい記憶に立ち返るたびに心は大変な苦しみを覚えるが、それでも過去を何度でも振り返り続けることの重要さが強調されているが、本作でも、あえて同じ回想シーンを何度も用いながら、少しずつ記憶の核心に迫るさまが描写されている。

 

観た後決して晴れ晴れしい気持ちになる作品ではないが、精神的に安定しているときにぜひ一度鑑賞することを勧めたい。

 

(ポジティブなことを一つ挙げるのであれば、『テネット』のエリザベス・デビッキが相変わらず妖艶で美しいのでそこだけでも必見。)

 

★★★★☆