【読書記録】8月&9月読んだ本

もう9月も終わりに近づいているが、今年の夏は、例年通り暑いかと思えば急に雨が降り出したり気温が上下したりして、いわゆる夏っぽい日が少なかったように思う。

もともとインドアな私は、不安定な気候の中ますます外に出る気を失い、基本的に家に引きこもっていた結果、8月・9月は気づけば月10冊ペースで本を読み耽っていたようだ。

今回は、今夏読んだ本の中で特に印象に残った本・おすすめしたい本を、ネタバレしない範囲で何冊か紹介したいと思う。

 

王谷晶著『ババヤガの夜』

愛ではない。愛していないから憎みもしない。憎んでないから一緒にいられる−。暴力を唯一の趣味とする新道依子は、腕を買われ暴力団会長の一人娘を護衛することになり…。バイオレンスアクション。

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「バイオレントなシスターフッド小説」という全く新しい境地を切り開く本作。

女性向け作家による、女性を主人公にした作品には珍しく、作中はバイオレンス描写のオンパレード。

暴力的なまでの速度で物語を駆け抜ける、そのスピード感に圧倒され、数時間で読み切ってしまった。

映画『マッドマックス怒りのデスロード』と『お嬢さん』を掛け合わせたようなストーリー。

内容としては箱入り娘のお嬢さんが逃亡するという話なのだが、このお嬢さんが一筋縄ではいかないのがポイント。ただの美しい少女、で終わらない肝っ玉座っているお嬢さんが最高にかっこいい。

後半では、それまで意に反して着飾らさせられていた反動で中性的な格好を好むようになるのだが、そこに脱コルの精神を感じますます好きになった(脱コルについてはまた別の記事で触れたい)。

小説自体は、暴力団という狭い組織の中の話ではあるが、実際にはこの世の中すべてに当てはまる真理を指摘する本作。

最後に「騙された…!」となる展開なのだが、この小説自体の信念が反・固定観念なことを考えると、読者それぞれがひそかに持っている固定観念の存在を気づかせる構造になっていることに思わずう、上手い…と唸った。

男女の差だけでなく、人種の差も、つまらない固定観念を生むだけの取るに足らない「カタ」であり、大切なのは目の前の人間を個として扱うことであるというメッセージを強く感じた一冊だった。

作者の王谷晶さんはレズビアンでありフェミニストであることを公言しており、Twitterからうかがえる政治的思想もリベラルで、色んな面で支持できる素敵な方。次回作も楽しみ。

個人的には映画化してほしい作品ランキング圧倒的No.1。近いうちに実現しますように。

 

松田青子著『自分で名付ける』

「母性」なんか知るか。

「結婚」「自然分娩」「母乳」などなど、「違和感」を吹き飛ばす、史上もっとも風通しのいい育児エッセイが誕生!

結婚制度の不自由さ、無痛分娩のありがたみ、ゾンビと化した産後、妊娠線というタトゥー、ワンオペ育児の恐怖、ベビーカーに対する風当たりの強さ……。

子育て中に絶え間なく押しよせる無数の「うわーっ」を一つずつ掬いあげて言葉にする、この時代の新バイブル!

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デビュー作『スタッキング可能』で出会い、その自由かつ破壊的な小説のスタイルに衝撃を受けて以降大好きな作家、松田青子さん。

本作は、事実婚状態で出産を経験した筆者が、独自の冷静かつ批判的な視点で妊娠・出産を巡る違和感の数々について綴ったエッセイ。

現状に強い怒りを抱えながらも、問題を一歩引いたところから冷静に観察し、時に皮肉も加えながら淡々と描写する筆者の姿勢に、個人的に強い尊敬の念を覚えた(自分なら怒りに身を任せ叫びまくって抗議してしまいそうなので…。)。

ただぶつぶつ文句を垂れるのではなく、自らの経験を共有したり、日々の行動で抗議の意を示したりする筆者。私もこんなかっこいい女性になりたいと素直に思った。

育児のコツ満載!というタイプの育児エッセイでは全くないが、妊婦がぶち当たる壁一つ一つに疑問を投げかけ、母親とはこうあるべきという呪縛を自ら破壊していく筆者の姿は、規範にがんじがらめになった多くの女性に勇気を与えると思う。

自分自身、将来に出産することを予定しているが、妊娠・出産を巡る現状を不条理も含め正直に記してくれている本作のおかげで、ある意味改めて決心ができたように思う。

 

最近、中絶できなかった女性がやむを得ず出産し、その後適切なケアができず事件になるというケースが多発していることからもわかるように、日本におけるリプロダクティブライツの保障は絶望的に遅れている。

子宮を、妊娠能力を持っているというそれだけで罰されるようにも感じられる昨今。

まず自分事としては、毎月地味に痛い出費であるピルが安くなり(フランスだと若年層は無料らしい…)、出産する頃には無痛分娩がより広まり、費用も安くなっていてほしい…。

その他、避妊手段の多様化、ピル・アフターピルへのアクセス性の強化、中絶手術の術式のアップデート、そして無痛分娩の普及等、課題は山積している。

松田青子さんのように疑問の声を上げる女性が増えれば、少しは現状を変えられるのではないか。その想いを胸に、私自身できる範囲で自分の考えや経験を広めていきたいと思う。

 

イ・ミンギョン著『失われた賃金を求めて』

「女性がもっと受け取れるはずだった賃金の金額を求めよ」
『私たちにはことばが必要だ』で鮮烈な印象を与えたイ・ミンギョン、次は男女の賃金格差に斬り込んだ!男女賃金格差がOECD加盟国中「不動のワースト1位」の韓国の社会事情は、「不動のワースト2位」の日本でも共感必至。賃金差別は存在する!

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フェミニストの教科書的存在である作品『私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない』の著者であるイ・ミンギョンが、韓国の男女賃金格差の実態を暴く本作。

現状に慣れてしまっている私たち女性は、この社会に厳然と存在する不条理を、ある意味前提条件として受け入れてしまっているように思う。

この本は、それら不条理を文章として読者の眼前に容赦なく突き付ける。

 

個人的な話をすると、私自身は就活の段階から、「福利厚生がしっかりしていて、男女平等が当然のこととして尊重されている職場」をほぼ第一条件にしていたため、現在の職場であからさまな賃金格差を実感することは全くない。

しかし、よくよく見てみれば、重要なポストはほぼ男性職員が占めていたり、女性管理職の割合はいまだに低かったりと、当然ながら男女平等が完全に実現しているわけでないのが現状だ。

また、男女賃金格差の大きな要因のうちの一つが正規・非正規職員の給与格差であるが、私自身、出産等を契機にもし短時間勤務可能な職場を探すことになったとしたら、選択肢のほとんどが非正規職になるだろうし、給与はかなり下がることが容易に想像できる。

そもそも一日8時間、週5日勤務を前提とし、さらに一定時間の残業もこなせる人材のみ正規職員として雇用すること自体おかしいし、社会的弱者への搾取に依存した派遣契約は今すぐ制度として規制するべきだ。

「お世話をしてくれる妻がいる健康な成人男性」を社会のデフォルトとして制度設計するのはとうに時代遅れだ。

女性や障害者等のマイノリティをはじめ、社会の構成員それぞれが一番働きやすく、自分の能力を発揮できる雇用形態・労働環境の実現――働き方の多様性がより広がるといいなと、そう思わずにはいられない。

 

フィリップ・フック著、中山 ゆかり訳『サザビーズで朝食を』

シャガール、ミロはブルーが多いほど高額に? ゴッホは自殺したからこそ価値が高まった? サザビーズのディレクターが、長年の経験をもとに、作品の様式からオークションの裏側まで、美術にまつわるトピックを解説する。

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下北沢の古本屋で見つけ、気になって読んでみた一冊。

現在も操業する世界最古の国際競売会社であるサザビーズで画商として勤務する作者が、美術市場の裏側を暴露する刺激的な作品。

美術館を訪れた際、正直「この絵、自分でも描けそう…」「なんでこれが美術館に?」と思ってしまうことはたまにある。

美術作品の価値はどう決められているのだろう?という素朴な疑問に対し、本作はユーモアと皮肉たっぷりに、価格決定のカラクリを分かりやすく説明してくれる。

なんと、ある画家の作品の価値を高めるため、死因すら、なるべくドラマチックに聞こえるよう脚色したがるという風潮があるという。びっくり…。

分厚い本ではあるが、気になる章だけ読んでみても、普通では知りえない情報を得ることができると思う。教養本としてもおすすめ。

 

 

以上、どれも読みやすくも大変興味深い内容で、4冊ともおすすめ。

最近は自分の中でドラマ熱が再燃しているので、それについてもまた紹介したい。

では、最近急に寒くなってきたので皆さま体調にお気をつけて。